日本経済新聞の13/10/22号の裏表紙に載る「文化」のページに現代刀匠の河内国平師が書かれた大学で作刀実演をなさったことが載っていましたので引用しました。

東京芸術大学で作刀を講義・実演

           真っ赤に熱した玉鋼を火床(ほど)から出し、金床に載せる。三人の弟子が気合を込め、むこうづち(柄の長い大ぶりの鉄樋)をコンマ何秒の時問差で振り下ろす。トンテンカン、トンテンカンと音が響き火花が散る。若者たちは一言も発することなく、食い人るように私の手元を見つめた。
十月九日から十二日まで、東京・上野の東京芸術大学で作刀を講義・実演した。私と妻、弟子六人の八人が学内の宿泊施設に一週間、寝泊まりして臨んだ。 戦後はもちろん、戦前も大学で作刀を講義した例はないと聞く。それだけに、いつもよりちょっと力が入っていたかもしれない。

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たたら製鉄見学が機縁

芸大での講義は、昨年十月のたたら製鉄の実演がきっかけだった。文化財保存学を教える北田正弘教授はかねて学生にものづくりの実際を学ばせようと思案を重ね、東京工業大学の永田和宏教授の協力を得て、日本古来のたたら製鉄を実演した。
砂鉄を木炭精錬し、鋼を作るたたら製鉄は日本刀の材料となる良質の玉鋼が得られる。その実演を見学させてもらったのが機縁となり、あの時の鋼で製品を作ろうという話になった。日本刀は総合芸術品であるから鍛冶仕事だけでなく刀剣博物館の鈴木嘉定副館長の講演や白銀師の中田育男氏の実演むお願いした。
研究室を実際に見るまで大学で作刀できるとは考えてもいなかった。が、鋳金研究室の土間を見て、心配ないと分かった。広さは百六十畳ほどで天井も高い。
床は土を敷きつめてある。町工場の雰囲気があった。準備は大変だった。道具類やふいごなど、かなりの量の物資を、工房のある奈良県東吉野村から東京まで運んだ。大学には炭や耐火れんがなどをお願いした。
約二十五靖四方の金床の掘え付けには苦労した。私の工房では粘土を主体とした硬い土間に穴を掘り、松の木で囲った中に据え付けてある。芸大の土間は砂に近い土のためそれができない。厚さ八ミリの鉄板を四枚、ボルトで止めて土聞に置き、一番上の鉄板に金床を溶接した。それでも実際に作業を始めると、金床が浮いている感じが抜けなかった。通常たがねを使っても、八回も打てば切れる鋼が少なくとも十四、五回は打たなければならなかった。
途中まで制作した刀も用意した。一本の刀を制作するには朝からタ方までかけて最低二十日問は必要だ。その五分の一の時問で講義を終えるのだから、テレビの料理番組のようにあらかじめ工程ごとに半製品を作っておく必要があった。

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鍛造から手作り守る

作刀は玉鋼を鍛えるところから始まる。摂氏千度近くに熱した鋼を打って延ばし、折り曲げて再び熱する。その仕事を何度も繰り返し不純物を取り除く。鍛造は普通、機械を使う。しかし私は頑固に手づくりを通している。そうしないと作刀の本質が分からなくなってしまうと恐れるからだ。
頭上から力いっばい振り下ろすむこうづちを厚さ数センチの鋼に当てるだけでも大変だ。しかも水平に当てることは難しい。機械を使えば簡単にできるが、そこを省略するとものづくりの本質が分からなくなってしまうのではないか。
弟子たちは全身真っ黒になって炭を切った。この仕事も学生には興昧深かったようだ。一本の刀を作るのに必要な炭は十ニキロ人りで約二十五俵。土聞に敷いたビニールシートは三センチ角に切った炭が山をなした。暗い工房で大きさがそろうように切るのは簡単なことではない。松材と他の木材をさわっただけで区別できるよう素手で仕事するから、つめの中まで真っ黒。炭切り三年という言葉もある。
私からすればまだ緩慢に見える弟子の動きも、学生の目から見ると違ったようだ。「修業してみたいが、覚悟がいりそう」と語した学生もいた。そんな言葉を聞くと、わずか四日だったが、ものづくりの本質の一端を理解してくれたのかなとうれしくなった。

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技をどう伝えていくか

日本刀は美術工芸品であると同時に武器である。銃刀法によって規制され、一年間に制作できる数も限定されている。そんな状態が戦後ずっと続いてきた。果たしてこのままで良いものか。そろそろ、刀はどう伝承していくかの方向を定めなければいけない時期に来ているのではないか。
職人として技を磨くのは第一だが、日本刀が直面する現実を知り、今後を考えてほしい。そんな思いから実演には、独立した弟子も参加させた。芸術の道を志す学生との交流は大きな財産になっただろう。
四日間の実演は、他大学の学生を合め、延べ五百人前後の見学者を集めた。ポケットマネーまで出して応援してくれた芸大の先生方の協力なくしては実現できなかっただろう。(かわち・くにひら=刀匠)

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