河井継之助総督愛用の扇

私が刀を好きになったのは年齢的には割りと遅く、確か36歳の頃でした。(昭和47年頃)
当時は、刀についてもっと詳しくなりたいと思っていましたが、ただ騒いでいてもダメだと考えて、刀の勉強をするために(財)日本美術刀剣保存協会の長岡支部へ入会しました。

当時、長岡支部の支部長は故渡辺淳一郎さんでしたが、既に、栗原信秀についての研究論文を協会の機関紙である刀剣美術に2編発表されていましたし、数々の名品を所持されておりました。

栗原信秀は私が生まれ育った町の出身刀工であるため、かねてから憧れていましたが、その名品を数点所蔵されておられました。

まず、刀の話をお聞きすること、そして将来、信秀だけでもお譲り頂きたいと思い、長岡へ行く度に遊びに寄せて頂いていました。

お伺いすると、玄関を入ると直ぐ正面の部屋に、渡辺さんは何時も床の間を背にして机に向かっておられました。
その床の間に何時も、拵えに入った大小刀が飾られておりましたが、これが河井継之助の拝刀でして、金具は河井家の家紋で統一された一作拵えで、地元長岡の金工の金具が付いていました。
大刀が会津兼友で、互の目乱れの激しい沸出来の刀で、小刀は近江大掾忠広でした。

これらの刀と共にこの扇を、渡辺さんが河井家の子孫の方から一緒に入手なさったものだそうです。
扇の箱書きの「河井継之助総督愛用の扇鍔」は渡辺さんが書かれたものです。

次が、その扇と桐箱です。


次が、開いた所。


次が、開いた裏側です。


渡辺さんが亡くならた後、名刀類は残念ながら私が入手することは出来ませんでしたが、ご遺族からこの扇だけお分け頂きました。

平成26年3月1日のことです。
三条市商工会議所の運輸部会で、長岡市の河井継之助記念館の館長、稲川 明雄さんの講演会がありました。
この扇子を所持してることも何かのご縁と思って、扇子も持参して参加して来ました。

講演会の後の懇親会で、稲川館長さんに扇子をお見せしたところ、故渡辺淳一郎さんが継之助の佩刀も所持していたこともご存じで、それが何処に行ったのかと、私に尋ねられていました。
扇子の桐箱の蓋の裏に、渡辺さんがお譲り頂いた河井家の方の名前が書かれていましたが、それもご覧になって頷いておられました。
「将来、お借りすることがあるかも知れませんので、その節はよろしくお願いします。」とも申されていました。

継之助は長岡藩の数々の改革を成し遂げたのですが、銃弾を受けた傷が元で亡くなったのが僅か41歳の時でしたから、随分若い時から藩を統治する力を持っていたことになります。


ご意見、ご質問は要件をお書きの上こちらへメール下さい。

ホームぺージトップへ